2016년 3월 27일 일요일

ブログ10

もし私が「旅する本」を見つけたら、忙しい都心のどこかで見つけると思う。その忙しい所みたいに私の頭は複雑でどの方面に行けばいいか分からない状態だと思うからだ。その本を見つけた私が本を読み始めるとこんな本だと思う:主人公は平坦な人生、自身がない自分に疲れて行く。それで決めたのが一人旅を出るのだった。それで家族と離れる。旅を出る前には知らなかった不安感、さびしさ、人々との交流、真実じゃない人々からの傷の痛みを感じる。
やっと家族の大切さ、心を休めるところの大切さなどのささやかな幸せさに感謝する。旅に行ってた間多くのことを感じて人生を切り抜けられる自身を持つ。後自分がすてきな人だということに気づく。私自身が自身を愛しないと家族以外に誰が私を愛してくれるかと思って自分を愛し始める。旅が終わって家に帰ると家族を抱きしめて限りなく泣く。

2016년 3월 20일 일요일

ブログ9

今年の春休みは大学での最後の春休みだった。最後だから意味のある旅行をしたかった。なので友達が学校にかよっているボストンとプロビデンスに行った。最初のストップはボストンだった。ボストンのダウンタウン、ニューベリストリート、ハーバード大学、MIT大学などのところをたくさん歩いた。ロサンジェルスでは普通に女性二人で歩くいても危ないのでボストンでは道を歩くだけでも嬉しかった。ハーバードとMIT大学はとても立派でUSCと全然違う雰囲気だった。たしかにハーバードの生徒もUSCの生徒達のと全然違って、やっぱり住んでいる都市によって人の雰囲気も違っていくんだなと思った。


月と火曜日はプロビデンスでうろうろした。プロビデンスは小さな町でダウンタウンと言うところもない町だ。そこで住んでいる友達はロサンジェルスの天気をうらやんだけど、私は逆にその友達をうらやんだ。いつも曇りで雨がたくさん降るところに大学があるなんてとてもロマンチックだと思うからだ。ブラウン大学のキャンパスはとてもきれいでダウンタウンみたいなところもかわいいカフェがたくさんあって本当にきれいだった。これで私の春休みは終わった。その四日は魔法みたいな四日だった。

2016년 3월 6일 일요일

ブログ8

しゃぶしゃぶは私にとってとても思い出がたくさんある食べ物で今でも自分でよく作って食べる。しゃぶしゃぶは野菜、肉など色々材料を熱い肉汁に入れてゆでて食べる和食。ソースは普通ごまたれとポン酢を使う。しゃぶしゃぶは私が神戸に住んでた時母が 寒い冬によく作ってくれた料理だ。

父は仕事が、兄はサッカーやバスケの運動活動が終わって6時ぐらいに家に帰ってきたのでその時間に合わせて母が材料を準備した。私はその時小学・中学生で、母のそばで料理の準備を助けてあげた。そして父のジャズのコレクションから好きなCDを選んで音楽をかけた記憶がある。

しゃぶしゃぶは母が台所で作ってテーブルに出すのじゃなくて、材料を食べやすい大きさに切って、テーブルにみんな集まったら一緒にゆでて食べる料理だ。だからそれをしながら対話が自然に続いて料理だけじゃなく私達の対話に集中できるので子供の私には一番いい思い出に残っている。しゃぶしゃぶは韓国に帰国した後にもよく食べた。


夕食のメニューがしゃぶしゃぶの時は毎回家族と神戸でのいい思い出を出して話す契機になる。私の家族にとって神戸での生活は親戚がいなかったので家族と言う単位がとても大切に感じられてお互いの存在をありがたさを切実に感じられたとても大切な思い出だ。だからしゃぶしゃぶは私の家族に神戸で感じた家族の温かさを反芻させる料理なので私の一番好きな食べ物になった。