2015년 12월 2일 수요일

ブログ14

は東京で生まれたんですけど一歳になった時韓国に引っ越して東京の全然記憶がありません。は小学校と中学校を神戸で通いましたけど小さい頃なので自分で市内などへ行ったこともあまりありません。なので大人になったら日本の東京に一年ぐらい住みたいと思います。生活の楽しさを見てはソウルとロサンジェルスよりも東京が一番だと思います。

最初に東京には文化的に行く場所がたくさんあります。明治神社、浅草寺、お台場、新宿ぎょうえんなどがあります。それに料理もレストランだけじゃなく、歴史的に有名な料理町があります。は築地市場です。築地市場ではものすごく新鮮でおいしいおすしやさしみが食べられます。


べるだけじゃなく、魚を釣る人達がどうやってさかなを売買をしてそれがこんな大きな産業になって日本文化の大きなロールをしているか見える場所なんです。最後に東京の雰囲気です。東京は伝統と現代が出会った首都です。東京はニューヨークとパリを混ぜた場所だと思います。その中で東京人になって一年間経験して楽しく住むのはとてもすてきな事だと思いますのでぜひしてみたいです。

2015년 11월 21일 토요일

ブログ13
2010年__した「君に届け」という映画を見た。「君に届け」はしいなかるほさんのまが元作を映画化した作品だ。主人公さわこはきれいな長いストレート髪と大きい目を持っているけど、恥じくて暗く見えるので学校でいじめられる。「リング」という映画のきじんさだこに似ていると言う理由でずっと人々から遠くなり、さびしく生きていたさわこ。ある日さわこは風早というイケメンに道を教えてあげる。前はだれも自分に話しかけてくれなかったし、こわがったり笑ったり逃げたりする人しかいなかった。でも風早君に会った瞬間からさわこの人生は180度変わる。もともとさわこは全然暗くではなくて友達も作りたいし、普通の高校生の時節が欲しかったのが感じられる。風早君と出会った瞬間からいつもいじめられたさわこは大事な友達もできて、好きな男もできて、かわいくて明るい女子高生に成長して行く。


この映画を見て私はいじめだった少女のシンデレラーみたいな成長期だけとは思わなかった。人間は環境の影響をたくさんもらっていつも変わって行くんだなと考えた。持って生まれた性格だけじゃなく、人生の中で会って一緒に経験する人々が人を変えて行くんじゃないかなと感じた。私も大学に入るまではみんな変わらないと思ったけど、人は一年、6ヶ月、短くては1ヶ月にかけて練いて何を経験したかによって変わると今は気が付いた。


2015년 11월 15일 일요일

ブログ12
私は高校生の時から料理に興味があったので今までも大好きで時間がある時よく作ります。友達と一緒に暮らすのでシェアーできる食べ物をたくさん作ります。今日紹介しようとする料理は韓国のお好み焼きと呼ばれる「チジミ」です。

材料は簡単です。小麦粉、ねぎ、たまねぎ、とうがらし、いか、卵です。まず小麦粉と卵の以外の材料をうす切りします。卵は混ぜてしおで味付けをします。小麦粉にはしおちょっとと水を小麦粉と同じ量を入れてよく混ぜます。材料が全部準備ができたらフライパンに油を入れて小麦粉のミックスを薄く広げます。その上に薄切りしたねぎ、たまねぎ、とうがらしといかをのせます。ちょっと焼いたと思ったらその上に混ぜた卵ものせます。のせた卵のミックスが少し固まったらひっくり返します。うらがわがよく焼けたら出来物をお皿にのせます。


ソースはしょうゆ大さじ一つ、おす大さじ一つだけで、薄切りしたとうがらしでデコレーションします。こんなに簡単に作れるえいようたっぷりのチジミは食事でも、スナックでも、お酒のおつまみでもいい料理だと思います。


2015년 11월 9일 월요일

ブログ11

私が興味のある日本の伝統工芸品はだるまです。だるまは日本人に一番親密な象徴物の一つです。何回もたおれてもまた立つだるまを忍耐と努力の象徴にし、商店のはんじょうにだけじゃなく、受験などにも大活躍をします。

だるまのオリジナルモデルの紀元は5世紀頃インドから始め、中国を通し日本まで来たと言われています。手と足がない独特な模型で、赤色は法意の象徴だと言われています。最近は赤色の以外に黄金色や黄色などの多様の色で生産なっています。大きさも多様で細部のデザインもとりどりです。他えんきものとだるまの差異点は使用方法にあります。単純にデコレーションだけじゃなく、縁起をする時に“願いにかける”と表現します。普通のだるまに始めは目が書いてないけど、試験、商店のはんじょう、安全などのためにだるまの主人が目を一つだけ書いて、その願いが成ったら残っている一つの目を書いて完成します。



私がだるまと言う日本伝統工芸品に興味があるのはだるまが人々にあげる精神の力です。何回も倒れてもまた立つだるまは悪い事があってもいつもまた立てる事を強調するからです。約200年前に誕生しただるまは今までも人々が愛して頼るまほうのような伝統工芸品です。

2015년 11월 1일 일요일

ブログ10

私が一番興味がある日本の時代は明治時代です。明治時代は1868年から1911年にかけた時代です。その時に産業革命が初めて、国が全体的に西洋化していったとても重要な43年でした。将軍が支配した体制を無くして天皇が支配する事になりました。これを始めてヨーロッパの歴史の流れと日本の歴史流れが主に似てたので、たくさんの西洋文化を取り入れました。単純に西洋文化をまねするのじゃなく、それを日本化して日本の伝統的な文化に染みわたせれる方法を発展しました。


日本は明治時代に西洋化に銃注していたのにもかかわらず、伝統的な習慣も忘れずに練いて行きました。お礼に、平安時代から始まった「お歯黒」と言う習慣は既婚の女性達が歯を黒く塗る習慣のことです。歯が黒いと美しいと言う信念があったので貴族の女性達の中ではとても人気のある習慣でした。お歯黒も日本で発明されたものじゃなく、中国から753年に持ってきた習慣です。何回も無くなってまた現れたが、これを何百年にかけて日本化して明治時代には日本の文化に本当に染み込めたのがはっきり見えます。他国から美術にも、経済でも、どの分野でも輸入されたものはたくさんあるが、日本は長い年月をかけて日本的に変化し、日本の伝統文化となり、歴史となり、習慣となったのが特に明治時代で明確でした。


2015년 10월 24일 토요일

ブログ9
日本パンの歴史

米が日本人の主食になったのは縄文時代からだったが、麦のしゅうかくの始めは弥生時代の前期だったからです。7世紀に中国のお坊さんたちが「さくべい」と言う麦で作られたそうめんを日本に紹介しました。でもお金持ちの人だけこの「さくべい」と言うのを食べられなったです。15世紀の中間にポルトガールから探検家達が来てこしょう、かぼちゃ、さつまいも、豆、ピーナツやタバコなどを紹介したと言われます。この紹介された物の中にパンもあります。パンはキリスト教のセレモニーの時に外国人たちが食べていたので紹介されたのです。その時から日本人はスナックのように食事の間に食べました。
17世紀の前期、江戸時代に鎖国が始めキリスト教が不法になり、パンを食べる事も一緒に不法になりました。1854年に鎖国が終わった時外国の影響が日本に与え始めました。200年の鎖国の後に1875年に東京で「アンパン」と言うパンが生まれました。日本人の口に合わせるために和菓子を作る時使う甘くした小豆をパンの中に入れました。でもこのアンパンは米より水も少ないし、かわいたので飲み込みが大変で、食事ではなくデザートになりました。

パンが日本で二回目普及したけいきは第二次大戦のすぐ後でした。食べ物があまりなくてアメリカの軍団は日本の学校に麦と牛乳の粉をあげました。1950年代からこのようにパンが普及され、アンパンの他にも、メロンパン、焼きそばパン、カレーパンなどのいろんなパンが生まれ、今は日本人も、外国人も大好きな日本のパンがあるのです。


2015년 10월 18일 일요일

ブログ8

私は去年ソウルにあるデリム美術館での写真展でリンダマッカートニーの作品を始めて見ました。彼女はイギリスのロックバンドビートルズのメンバーポールマッカートニーの妻でニューヨークの有名な写真家で活動をしました。リンダマッカートニーは1941年にニューヨークで生まれてアレサフランクリン、ジミヘンドリックス、ボッブデイラン、エリッククラップトンなどのすごく有名な人達の写真作家で活動しました。


ポールマッカートニーと始めて会ったのはロンドンでビートルズの本に載せる写真を取る時でした。二年後ポールと結婚をして4人の子供を生みました。結婚後には動物運動家、ベジテリアンで活動して、バンドウィングスのメンバーでも活動しました。ポールとリンダの世紀的な出会い。そして結婚。お互いにいつまでもインスピレーションを受けてあげたこの結婚を基点で彼女の作品焦点は家族に絞って行った。



愛情のこもった彼女の視線で描いていった愛してる家族と人生のしゅんかん。リンダは自分が信じている事、愛してる人、好きな人生をカメラのレンズを通して見て、それを写真に作りました。この全部を自分だけじゃなく、世界のみんなに見せて、メッセージを伝えたかったからと思います。リンダは私が一番なりたい女性像で、私が好きな写真を取るのだけじゃなく、社会や人生のことに対した考え方も似たいです。

2015년 10월 12일 월요일

ブログ7
2004作のロマンス映画「イフオンリー」は私が今まで見た映画の中で一番感動だった。を思い描くロマンチスト「彼女」と成功を思い描くウオーかホリック「彼」。バイオリンを専攻しているラブリーな「サマンサ」は自分の仕事だけにうちこむ成功した若いビジネスマン「イアン」。二人はお互いをとても愛するが、サマンサは仕事ばかり考えているイアンに心が痛がって、イアンは自身を理解してくれないサマンサが息苦しがる。
サマンサには卒業演奏会、イアンにはインべスメント説明会。今日二人ともに重要な日だ。彼女は彼のために朝ご飯とプレゼントを準備したが、今日が彼女の卒業演奏会の日なのまで忘れた彼に物足りながる。
出勤の道、汚れた服のせいで家に戻って来たサマンサはイアンが重要なファイルを置いて行ったのを知って急いで説明会の場所に向かう。でもサマンサがもって行ったファイルはコピーだった。彼女のせいで説明会をわやにしたと思うイアンはサマンサの電話も無視する。
サマンサの卒業演奏会に行く道、イアンは「彼女がそばにいるのを感謝して計算しないで愛すること」をタクシー運転手の話を聞いて彼女がどのぐらい大事な人なのかをきずく。でも演奏会が終わって食事をしながら二人はこの間お互いにいやだったことを言いながらけんかをして、サマンサがレストランから出て一人でタクシーを乗って行く間、交通事故で死んじゃう。それをイアンは目の前で見てしまう。彼女に愛してるってろくに言えなかったイアンは彼女の死を人情できない。
その次の日、目を覚ました彼は信じられない状況に置かれる。のそばに彼女がいて、彼女が行っちゃったその日がはんぶくしているのだ!イアンは昨日あった事がたんじゅんに夢だと願って彼女の運命をかえようとする。でも昨日と同じ事がはんぶくするのを見て決められている運命は変えられないことをきずく。イアンにまた与えられたサマンさとの最後の日。もう彼女を愛出来る時間は一日だけ!は最後に彼女に自分のすべての愛を見せる一日を贈ろうとする。

この映画を見た後私は、いつまでも私達のそばにいれるそうな愛が急になくなるかも知れないので、無条件でお互いを愛しながら生きて行っても人生は本当に短いんだなと思った。そばにいてくれるだれでもかんしゃして計算なしで本気で愛してあげないと後で後悔する日がぜったい来ると考えた。

2015년 10월 4일 일요일

ブログ6

コンビにで、いいと思ったもの、おいしいと思ったもの、便利だとおもった物などを紹介してください。日本でもいいです。六年前まで私は日本の神戸で住んでいました。ちょうど小学校と中学校の時日本にいたので友達とカフェやレストランじゃなく、コンビニへよく行きました。学校が終わってからすぐ近くにあるローソンかファミリマートに行ってスナックをよく食べた記憶があります。学校から歩いて五分以内にあったのでとても便利でした。
子供のころから私はスイーツが好きだったので、おにぎりや弁当よりは、焼きプリン、果物のジェリー、シュークリームなどを毎日一つずつ食べました。健康には悪いかも知れないけど、友達とのいい記憶が作られたから後悔はしません。そのたくさんのデザートの中で特に焼きプリンが大好きでした。焼きプリンは普通のプリンよりもやわらかくて、キャラメルのこうい味がして、今でも日本に旅行しに行ったら空港に到着した瞬間すぐ買って食べるデザートです。

先学期パリで交換学生をしてた時、友達のおすすめでフランスの一番伝統的なデザートの中でクレームブリュレーというデザートを注文したことがあります。味見をした瞬間日本のコンビニで売っている焼プリンはフランスのクレームブリュレーとから由来したんだなと分かりました。日本のコンビニは私にはとてもいい記憶に残っています。特に焼プリンはいつ食べても初めて食べた瞬間をうかべる、本当に特別なデザートです。


2015년 9월 25일 금요일

ブログ5
 私はこのごろウーバーというタクシー配車サービスをよく使います。今世界に54国、250都市以上で使えるスマホのアプリです。2009年にアメリカで生まれ、2013年に日本の東京にも進出しました。このアプリは便利なことがたくさんあります。一は、タクシーを呼ぶ前に目的地を入力したら値段が測定できます。普通のタクシーはじゅうたいとかによって値段が変動するが、ウーバーは値段がはっきり決まっていて心配がないです。
 二は、どこにいても10分以内には私がいるところに到着することです。すこしはなれている場所にいたら10分ぐらいかかるが、普通は5分以内に来ます。私は21歳なので友達とお酒を飲みに遠くまでいってもウーバーのおかげで早く、全然心配なく家に帰られます。上に、タクシーを呼んだ後、間違えたら負担なくアプリでキャンセルができますのでとても便利です。
 最後は、ウーバーの運転手はとても親切です。普通のタクシーの運転手よりも友達みたいに会話もできるし、目的地まで通じる道が全然面白いです。

 この三つという点から考えると、ウーバーは普通のタクシーよりも便利で、負担なくて、面白い経験ができる社会にも役に立つスマホアプリだと思います。


2015년 9월 17일 목요일

ブログ4
私がよく行くスーパーはフレッシュアンドイージーと言うスーパーです。フレッシュアンドイージーは私が今住んでいるアパートのすぐ下にあるスーパーです。とても新鮮な果物、野菜、肉、お菓子、を買えるスーパーです。ラルフスよりとても近いし、そんなに大きくなくて早く買い物が出くるからよく行きます。
この店はサイズはあまり大きくないにもかかわらず、ものすごくたくさんの物を売ってるので行く時いつも楽しいです。宿題を終わらせてつまらない時はフレッシュアンドイージーに行って何か新しい物が入って来たか見に行く時もあります。よこにあるCVSとは違って生徒達をターゲットした食べ物をたくさん売ってます。お例は、パスタとか鶏肉を使ったおいしいパッケージ化された食事もいろんな種類が置いてます。USCの忙しい生徒達のためにおいしい栄誉たっぷりの食事を売ってることはとてもいいビジネスだと思います。
あとこの店はお菓子を他のブランドで買うこともあるがフレッシュアンドイージーで作ったお菓子も置きました。パッケージもかわいくてフレッシュアンドイージーのブランディングをよくしていると思います。この店は便利で、おいしいものをたくさん売っていて、いいブランドを認識させるからよく行く店になったと思います。


2015년 9월 14일 월요일

ブログ3
私は韓国の首都ソウル出身者です。小学校と高校を韓国で通いましたので教育制度の問題点をよく目撃しました。韓国の教育制度の中一番大きい問題はソウルに住んでいる限り、生徒なら小さいころから親や社会がされる勉強しかしないことです。小学校の時から社会は子供達に“夢”という言葉は“お金をたくさんもうけること”と伝えるそうです。アメリカや先人国に対して韓国ではなかなか自分の夢を追いかけようとしないのです。だからみんな弁護士、医者、経営者などしかなりたがってないのです。お金と名誉以外にもが幸せなれる方法はあると教えてあげないので大学に進学する時も、卒業して就職する時も社会が「いい仕事」だという仕事しかしたがってない事がことがせつないです。
この問題の原因はたぶん70年代からの韓国の経済の急伸だと思います。戦争が終わってから他国は経済が落ち着いてる状態だったけれども、韓国はお金も、心のゆとりもありませんでした。という理由で早く他国と同じレベルになるように近道をとったと思います。今はもう経済が安定したにもかかわらずこの問題はまだつずいています。自分がしたい仕事じゃない、いい大学に入れる成績、お金をたくさんもうけられる仕事をしながら社会に今日の問題が生じたと言えるでしょう。

 つまりこの問題をなくすためには今二、三十台の大人達が手本を見せないといけないと考えます。いつものように弁護士、医者、経営者だけじゃなく、自分が熱情的にできる仕事、本当に好きな事をすれば今の生徒たちが本物の「夢」を見れるんじゃないでしょう。


2015년 9월 6일 일요일

ブログ2
私は韓国の首都ソウル出身者です。小学校と高校を韓国で通いましたので教育制度の問題点をよく目撃しました。韓国の教育制度の中一番大きい問題は生徒達が小さいころから親や社会がされる勉強しかしないことです。小学校の時から社会は子供達に“夢”という言葉は“お金をたくさんもうけること”と伝えるそうです。だからみんな弁護士、医者、経営者などしかなりたがってないのです。お金と名誉が全部じゃないことを教えてあげないので大学に進学する時も、卒業して就職する時も社会が「いい仕事」だという仕事しかしたがってない事がことがせつないです。
この問題の原因はたぶん70年代からの韓国の経済の急伸だと思います。戦争が終わってから他国は経済が落ち着いてる状態だったけれども、韓国はお金も、心のゆとりもありませんでした。だから早く他国と同じレベルになるように近道をとったと思います。自分がしたい仕事じゃない、いい大学に入れる成績、お金をたくさんもうけられる仕事をしながら社会に今日の問題が生じたと言えるでしょう。

 この問題をなくすためには今二、三十台の大人達が手本を見せないといけないと考えます。いつものように弁護士、医者、経営者だけじゃなく、自分が熱情的にできる仕事、本当に好きな事をすれば今の生徒たちが本物の「夢」を見れるんじゃないでしょう。

2015년 8월 31일 월요일

ブログ1
こんにちは、私はキムミンジと申します。
南カルフォルニア大学の4年生で卒業は1年しか残っていません。
経営学部のマーケティングを専攻しています。
子供の時からマーケティングを勉強したかったので本当に楽しく授業を取っています。
私は広告にとても関心があって卒業した後韓国にある広告の会社に就職したいです。

子供の時から親のおかげで美術、音楽、写真にせっする機会が比較的にたくさんありました。
大学に入ってからは写真に対する興味が特にますます強くなりました。
初めて大きなカメラを買った時は大学一年生の冬休みでした。
その時から休みにソウルへ帰って写真を取ったり、先学期に交換学生でパリへ行って写真をたくさん取りました。
交換学生だった時はヨーロッパの中でものすごく旅行をしました。
ヨーロッパのどこでも私のカメラを持って行きました。
今年はロサンジェルス暮らしの最後の年なので一生懸命に好きなことを好きなようにやることが目標です。
Prague, April 2015
Munich, April 2015